id:nyanzoさんの「なぞだいありー」で、今度越してきた先についての
さらに深い考察や関連リンクが載っていて、非常に興味深く
読みました。コメント書けなかったので、ここでお礼申し上げます。
で、ここのところ新居への帰宅は、毎日ほぼ真夜中なのですが、
帰り道、なんというか、非常に怖い。
有楽町線の辰巳駅から大きな橋を1つ渡ると、もう団地の入口なのですが、
そこから見えるのは建設中の高層マンションの巨大な姿、水面に映る
かすかな光のゆらめき、そしてあとは漆黒の闇、闇。
少年ヨアキムではないけれど、生活の灯りを巨大な闇が取り囲んで
いるようで、ちょっと怖い。
団地の中も、テナントが入っていない「未完成の店舗空間」や
将来は広場となる予定の「未完成の空間」やら、とにかく
隙がありすぎる。
未完成の、「隙」「闇」をすり抜けていかなければ帰れないのは、
あまり快適ではないですね。
「街づくり」のビジョンって、id:nyanzoさんもおっしゃっていた
ように、「グランドオープンした瞬間」だけを完成形として語られる場合が
あまりにも多いような気がします。
最近では少しは完成した後の、成長し変化する街の姿も考慮される
ようになりましたが、
造られる前の状態、壊れてしまった後の状態、そこで暮らしていく
(行かざるをえない)人にとっての生活環境は、ほとんど考慮されていない。
それに呼応するように「廃墟論」が出てきましたが、それだったら
「工事中論」があってもいいのではないか・・・?なんて思います。