http://www.brutusonline.com/brutus/issue/index.jsp?issue=578
9/17から森美術館で開かれる「杉本博司 時間の終わり」展のタイアップ企画。
MORI ART MUSEUM [杉本博司 時間の終わり]
・・・しかし特集のタイトルが 「杉本博司を知っていますか?」とは日本現代美術の大御所に対してずいぶんだなぁと思いつつも、コンビニの雑誌コーナーに杉本さんの代表作"Theaters"が顔を出している光景は、まあ確かにちょっと珍奇な気がしないでもなかったです。
特集では杉本作品とその背後にある精神性について、さまざまな角度から言葉を尽くして解説しています。
また、高密度グラビア印刷の"Theaters"をはじめ、主要作品は厚手の紙に印刷するなど、通常のアート特集以上に気を使った誌面になっています。
ああだけど、読んでいてもどかしい気持ちになってしまうのは、杉本作品のすごさを印刷図版や文言で伝えるのは絶対不可能なんです。
日本での知名度の意外なほどの低さ(「知っていますか?」だし)も、多分そこに起因しているのだろうし。
記事の中にも何度か出てきた「この写真がなんで2,000万円もするの?」的な疑問はあって当然だと思う。
実物を見てないと。
自分が最初に出会って、今でも一番好きな作品は"Seascapes"シリーズなのですが、あれを最初に目にしたときの感情は、うまく言葉にできない。
今回の杉本特集での学生へのアンケート記事で大阪芸大の人が言っている「神が宿っているかのような威厳」というのが若干近いけど。
美術館で壁に掛かった"Seascapes"の連作が視界に入ってきた時、最初はそれが写真には見えなかったのです。
画面の上下が薄墨色と墨色に分割された、単純な抽象画にしか見えない。
あれ?と思って作品に近づくと、白黒写真独特のテクスチュアからそれが写真であることがようやくわかってくるのですが、かなり近づいても「それ」が何を写しているのかが判別できない。
警備員さんに怒られる限界のところまで近づいてしばらく画面を凝視していると、横に引かれた墨色が実は、目に見えるギリギリのサイズとほんのわずかなグラデーションで写された無数の波に埋め尽くされた、果てしなく広がる海面だということがわかるのです。
極限まで抽象化された画面の中に閉じ込められた広大な風景。その美しさ。
ちょっと距離感を失うような感覚になります。
そして、そのスケール感を支えているのが、人間が感知できる限界に近い微細な画面のディテールなわけで、この遠くからは単に2色に分割された抽象画にしか見えない1枚の写真に費やされた人間業と思えない技術と労力に、さらにめまいが。
今回の特集で、現像とプリント工程の舞台裏も描かれていますが、予想通りというか、ものすごいです。
"Theaters"シリーズの「時間を封じ込めた」作品も、"Architecture"の建築物の細部を溶かし込んで抽象化してしまう作品も、この造影技術がなければ根本的に成立しないものばかりで、これは確かに他人が安易に模倣できるものでもないし、ましてや通常の印刷でその完璧なディテールが再現できるわけもなく。
以前青山のNadiffで現在の印刷技術の粋を集めて杉本作品"Theaters"を大判ポスターにした展示販売のイベントがあって、(id:nyaofunhouse:20040327:p2参照)
それはさすが杉本作品に対するだけあってハンパないクオリティだったので、つい買っちゃいましたが。
今回のブルータスも含めて、普通の印刷ではあの凄みは伝わらないです。
・・・ということでまだ杉本博司作品の実物を見たことがなければ、ぜひ9/17〜森美術館へ。
写真というメディアそのものが持つ恐ろしいまでの美しさを目にできます。